感性開拓

 人は五感などの体感を通じて外界から様々なものを知覚し、意味を見いだし、喜びや悲しみなどの感情を沸き起こしている。この一連の認知プロセスには感性が密接に関連している。

 例えばある音楽を聴いた時に生まれる躍動感は、感性を通じて特定のメロディを聴き分けメロディを解釈することで見いだしている。同じ音でも人によってただの騒音に聴こえたり、トランペットのファンファーレに聴こえたりと捉え方は千差万別である。また街歩きにおいて、同じ風景を見た時に何を感じるかは、人によってただの植物の並びに見えたり、洗練された景観に見えたりと千差万別である。このように豊かな感性を持つことによって音楽や風景など現象に対する自分なりの解釈が深まり楽しむことができるのである。哲学者Goodmanの言葉「人間は感性を通じて物事に自分なりの意味を見いだし世界を作り上げている」と同義である(goodman 78)。感性の定義は印象や感情まで様々あるが、感性とは知覚などの体感に基づいて物事に着眼点を見出し、その着眼点に自分なりの意味付けを与える認知能力(諏訪 2010)と我々は考える。生態心理学者Gibsonの言葉で言い換えれば「知覚を通じて環境に偏在する変数を身体が能動的に取り入れること」であり(Gibson 66)、感性を磨くとは自分の身体と環境の関係性の中から新たな変数を見いだすことである。感性を磨き続ける行為を感性開拓と呼び、人間が精神的に豊かに生活していく上で非常に重要なことであると我々は考える。感性を磨いている内に、新たな着眼点を掴むことで新しい見え方が生まれ、それに応じて新しい体感も生まれるのである。

 感性開拓は広い意味での身体知学習である。なんとなく「この曲いいなぁ」や「この風景がきれいだなぁ」と言っているだけでは感性は磨かれない。体感は複雑で膨大なため、認知容量の限界により多くの情報が無意識下に潜るからだ。無意識下を含めた情報処理能力のことを暗黙知と呼ぶ(polanyi 83)。すでに身体知でも述べたようにこのように身体に関する暗黙知は自分自身で言語化することが難しいので意識的に磨きづらい。とはいえ着眼点を人から教えてもらってもうまくいかない。感性は体感に基づくため着眼点の扱い方は個々の身体ごとに違うからだ。また感性はこうあるべきという正解はないというのも理由の一つである。故に感性は自分自身で開拓していく必要がある。つまり感性開拓とは自分の身体と意識に対する問題発見のプロセスと考えて良い。すなわち生き方に対する問題発見であり、すでに述べたデザインの考えと同じである。

 では感性をどのように磨けば良いだろうか? 諏訪研ではこれまでこうした問題に対し様々な感性開拓のための方法論や支援ツールを編み出して来た。感性という身体知を獲得するためのデザインプロセスに有効な方法としてのからだメタ認知(諏訪 10)やメタ認知的言語化を促進するためのシステム(栗林 09, 10, 11, 松原 10, 11)や文房具(西山 10, 諏訪 12)など、そのアプローチは多岐に渡る。システムの例では、独り言ルーム(栗林 09)のように日頃の独り言を記録したものをランダムに再生することで、自分が生活において何を見て感じているのか振り返るきっかけを与えることで感性開拓を促進するもの、自転車移動の可聴化システム(栗林 11)のように日常的な通学における風景の変化を音楽として聴かせることで、街や風景に対しての感促進するもの、ScoreIlluminator(松原 10)のように複雑な楽譜を役割という観点で分類し色を付けた楽譜を提示することで、自分の聴き方に関して考えるきっかけを与え音楽への感性を促進するものが挙げられる。文房具の例では、まち観帖(諏訪 12)のように街歩きに関する物語とそれを読むための型ことばと地図が一体となった手帖を与えることで、自分なりの街に対する見方や物語を書くきっかけを与え、街歩きに対する感性を促進するものが挙げられる。

 このようにある現象に対してどんな着眼点を見いだすかという観点で捉えれば、感性開拓とすでに述べた身体知やコーチングコミュニケーションとも密接な関係性があるといえる。



 

参考文献

    Gibson, J.J.: The Senses Considered as Perceptual Systems, Greenwood Press, Publishers, Westport, Connecticut, 1966
    諏訪正樹, 赤石智哉: 身体スキル探究というデザインの術.認知科学, Vol.17, No.3, pp.417-429, 2010
    N. Goodman: Ways of Worldmaking, Hackett Pub., 1978
    M. Polanyi: The Tacit Dimention, Peter Smith, Gloucester, Mass, 1983
    栗林賢, 諏訪正樹: 独り言ルーム:声による外化手法を 用いたメタ認知支援環境の構築, WISS2009 論文集, pp. 181?182,2009
    栗林賢, 諏訪正樹: 声による外化手法を用いた身体的メタ認知支援, 人工知能学会全国大会 (第 24 回), 3G1-OS2a-6, 2010
    栗林賢, 松原正樹, 忽滑谷春佳, 筧康明, 諏訪正樹: 自転車を用いた環境知覚促進ツール, 慶應義塾大学 SFC Open Research Forum 2011, 2011
    松原 正樹, 西山 武繁, 伊藤 貴一, 諏訪 正樹: 身体的メタ認知を促進させるツールのデザイン, 人工知能学会身体知研究会 SIG-SKL-06-03, pp.15-pp.22, 2010.
    松原正樹, 諏訪正樹: メタ認知言語化によるオーケストラ理解の熟達プロセス, 日本認知科学会 28 回大会, No.P2-14, 2011
    西山武繁, 諏訪正樹, 三浦秀彦, 松原正樹, 佐山由佳: 文房具による身体的メタ認知の促進, 人工知能学会身体知研究会 SIG-SKL-07-02, pp.9-pp.13, 2010.
    諏訪正樹, 加藤文俊: まち観帖(まちみちょう):まちを観て体感し語るための方法論, 人工知能学会身体知研究会 SIG-SKL-12-04, pp.16-pp.21, 2012.
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