創造性

 我々の日常生活は創造性の宝庫である。

 文章を書く、絵を描く、部屋のレイアウトを模様替えする、スポーツでファインプレーをする、歌を歌う、周りの人を笑わせる。すべて創造的な振舞いである。 創造的な振舞いは、建築やマーケティング、マネジメントや教育などあらゆる分野において日々求められるものであり、同時に多くの人が自らの振舞いにおける創造性を欲している。

 創造性の研究は20世紀初頭に始まった。当時のゲシュタルト心理学者は、アハー現象がおこるための要素として、問題に一生懸命取り組む段階と、その後、意識から問題をいっさい排除する段階(孵化過程)が重要と唱えた[Wallas 26]。孵化過程では、第一段階で生成された内的表象が無意識に再構築され、その表象が突然のひらめきに関与するのだと主張した。20世紀の後半になると創造性に関する研究がいくつも興った。Weisberg[Weisberg 81,Weisberg 93]は、創造的問題解決は平凡な問題解決プロセスの繰り返しによってモデル化できると主張した。開、鈴木らはアハー現象の説明として制約緩和理論を主張した。人工知能の分野では、問題解決において問題空間に制約をかけることで効率的に解を算出できるといわれるが、こうした制約はしばしば真の解決を妨げることがある。そうした場合、人間は一度自分にかけた制約を緩和することで解を得るとして制約緩和理論を主張した[開 98]。

 しかしながら、こうした研究の多くは、表象変化の重要性を主張するなど創造現象の説明に留まっている。だが創造性の研究は、現象の説明のみならず、どのようにして表象変化を起こすかに関する洞察を得て、創造現象を生む実践につなげなければならない[諏訪04]。

 創造的な行為には、必ず生態的心理学の意味での「変数獲得」が生じる。

 例えば、ボーリングをしていると、上手く投げるためのコツをつかむ時が幾度かある。指先の力加減や方向、レーンのマーカー、自分の視線、足の運び方、重心、腕の角度、床のワックスのかかり具合、隣のレーンのプレーヤーなど、我々は自分の身体感覚や環境に関する要素、つまり変数のいくつかを意識することができる。そして投球に際して「視線はマーカーの中央からそらさない。重心を低めにして踏み出す」といったように、変数同士の関係性を意識的または半意識的に模索をする。だが実際に投球をしてみるとその大半は思い描いていた通りの結果にはならない。そこでプレーヤーは「まっすぐ投げたつもりだったが、ボールの重さに手が持って行かれたのではないか」と、今の自分のパフォーマンスを振り返る。こうしたメタ認知によって新たな変数(ボールの重さ)を獲得し、「では次はこうしよう」と新たな変数とこれまでの変数との関係性を再検討する。

 こうした一連の認知プロセスは創造的な行為そのものであり、スポーツやコミュニケーションなどのスキル学習や感性開拓に関する実践はすべて創造的な行為だといえる。創造的な行為とは、「新たな変数を見出し、その間の関係性を発見して、身体統合モデルを構築しては、破壊してまた再構築する」創造プロセスである。

 では、創造性に関する実践的研究はどうすべきか。諏訪研究室では、ケーススタディとそこから生まれるナラティブ(物語)が鍵を握ると考える。ダンスやお笑い、野球、水泳、WS運営など分野は問わない。なにかひとつのフィールドで行っている実践を、実践者本人がメタ認知することで、暗黙知であった創造的な行為やそれに関連した知覚や思考の変化を具に認識することができる。そして、実践者は単にメタ認知的記述や様々な分析をするだけなく、実践での体感や思考、メタ認知や分析によって明らかになった事柄をすべて踏まえたうえでナラティブを生成することが求められる。なぜならば、分析結果は結果に過ぎず、分析結果だけでは、一個人が実践の場で自らの身体をもって経験した創造プロセスを、実践者とは異なる身体を有する他者に十分に伝えることは難しい。だからこそ、ナラティブという身体性の強いメディアが、一個人の創造プロセスを他者に伝える手段として有効となり得る。

 だが一方で、実践者が自らの創造的な振舞いや暗黙知を意識することは容易ではない。そこで諏訪研では、こうした思想のもと、創造的な振舞いにおける思考プロセスをナラティブとして生成するインタビュー手法“インタラクティブ・インタビュー”を開発した[忽滑谷 11]。インタラクティブ・インタビューの目的は、従来の自然科学主義が掲げるインタビュアーの「思考の抽出」ではなく「ナラティブの生成」にある。インタラクティブ・インタビューでは、インタビュアーの積極的介入を前提とし、諏訪研究室で開発したメタ認知促進メモツール“hex”を用いてインタビュアーとインタビュウィーが協同的にhexを操作することで、インタビュアーのメタ認知促進、そしてナラティブの生成を図る。こうしたインタビューは、しばしばデータの信頼性に問題があるという可能性が指摘されているが(例えば、Ericsson and Simon 1993)、最近では、ナラティブを認知研究にとって有用なデータと認め、利用することの意義が議論されており、「本人の語る言葉」は認知を知るための有益な情報であるとの主張がなされている[中島 2006:諏訪 2005]。

 創造性に関する実践的研究は、1つ1つの密度の高いケーススタディとその積み重ねによって威力を発揮する。1つのケーススタディから生成されたナラティブは同じ分野を学ぶ人間にとって創造プロセスを学ぶ手助けとなる。そして複数のケーススタディが蓄積されることを通じて、その中に重要な変数や構造(変数の関係性)が見出される時、その分野を体系的に語ることが説得力をもつ。“ 体系的な語り ”こそが他者に創造性の学びを誘発する。



 

参考文献

    Wallas, G.: The Art of Thought, Harcourt Brace Javanovich, New York (1926)
    Weisberg, R.W. and Slba, J.W.:An examination of the alleged role of “fixation” in the solution of several “insight” problems, Journal of Experimental Psychology: General, Vol. 110, pp. 169-192(1981)
    Weisberg, R.W.:Creativity: Beyond the Myths of Genius, W. H. Freeman and Company, New York (1993)
    開 一夫,鈴木宏明:表象変化の動的緩和理論 -洞察メカニズムの解明に向けて,認知科学,Vol. 5, pp. 69-79 (1998)
    諏訪正樹:「創造」の研究:現象を生む実践の学,人工知能学会誌,Vol.19,No.2,pp.205-213(2004)
    忽滑谷 春佳,諏訪 正樹:ナラティブ生成を目的としたインタラクティブなインタビュー手法の提案 -建築学科の設計課題を例にして,身体知研究会(人工知能学会 第2種研究会) SKL-11-01 (pp. 1-pp. 6)(2011)
    Ericsson, K.A. and H.A. Simon.:Protocol Analysis. MIT Press, Cambridge(1993)
    中島 秀之:構成的情報学と AI.『人工知能学会誌』,Vol.21,pp.747?757.(2006)
    諏訪正樹:身体知能獲得のツールとしてのメタ認知的言語化.『人工知能学会誌』,Vol.20,pp.525-532.(2005)
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