舌で、鼻腔で、そして五感の全てで確かに感じている味わいというものを、ことばにすることは容易ではありません。
本研究では日本酒を例題として取り上げ、その味わいをことばにする支援ツールの開発を目論みます。
味わいを表現するには、何が必要でしょうか。
味わいを表現するには、まずは味わいを表すことばが必要です。本プロジェクトを実行する福島は、『日本酒味わい事典』(発行:研究NPO「日本酒の魅力を伝える」・幻冬舎より近日刊行)を作製しました。
この事典では、「甘み」「酸味」を始めとした基本味に始まり、「コク」や「ふくよか」などといった複合表現、そして「リンゴ」「キウイ」といった香りを他のものでたとえる表現、さらには心象風景で味わいを語ることを提唱しました。
ワインの世界におけるソムリエは,巧みな言葉でワインの魅力を語ります。その原動力となっているのは「テイスティングワード」と呼ばれるものでしょう。ワインには形式化された表現用語が用意されており、その組み合わせによってある程度の味わいの表現が可能なのです。そしてそのテイスティングワードは,世界のソムリエの間で共通認識があるということも大きな特徴の一つです。言葉の一つ一つがワインのフレーバーに対応しており、単語を与えられると、その語の意味する(語に対応した)共通のフレーバーが想起されるのです。
一方日本酒には,ワインのように味わいに対応した表現の体系が成立していません。しかし、裏を返せばこれは表現の自由度が高いということを意味しています。形骸化した制約の多い表現体系からは、創造的な表現は生まれないからです。
このプロジェクトでは、日本酒の味わいを表現しようと試みる人のために,自分だけの表現を創造することのできる支援ツールを開発しています。とくに本年度は、味わい表現のなかでも動詞に着目した研究を行っています。
味わいの表現は、味わいの構成要素と、その関係性の記述から成ります。このうち味わいの構成要素とは、「旨み」や「コク」といった名詞や形容詞で語られる領域でしょう。
一方、その要素がどのように関係しあっているかは動詞で表現されうる領域です。
『日本酒味わい事典』ではこれまで味わいの名詞世界の言語化を支援してきましたが、動詞の語りを支援することはできませんでした。そのため本プロジェクトでは、動詞世界の言語化支援ツールを開発します。
動詞世界は、モノではなくモノの動きや働き、そして概念を指示対象とするという特徴があるために、曖昧で多義的なものです。
本プロジェクトではそうした動詞というものが根源的に抱える曖昧性と多義性を前提とし、適切な動詞表現を産出するためのツールとして、「日本酒味わい図式」を提案します。